- 作成日:2007-07-04 23:00:59 (中原 雄一) | 更新日:2007-07-04 23:00:59 (中原 雄一)
- このクラブでフロントを担当したことが、私の将来を決めました。
- 高校時代から運動を行ってきていましたので、本来はアスレチック ジムでの勤務を希望だったのですが、フロント担当に回されました。
- ドゥのアスレチック ジム インストラクターの指導をみて、私自身もその職業につく決心を固めました。次のエグザスでの勤務につながったのも、このドゥ スポーツ プラザ新宿でのフロント担当の勤務があったからだと思います。
- じつは、このクラブに勤務しているとき、サウナで配膳を担当していた方に親切にしていただきました。彼は私よりも10歳以上年上で、少林寺拳法を練習されていた方でしたが、勤務が10時に終了すると、毎日私に少林寺拳法の「柔法」の手ほどきを無償でしてくださっていました。
- 毎晩11時ごろまで居残りで大変だったというのに、嫌な顔一つされずに、それこそ本当にていねいに教えてくださいました。
- 現在住所変更をされているため、連絡がとれません。もし、このページをごらんになったら、ぜひご連絡をください。
- また、当時やはりサウナの配膳を行っていた方でプロのキック ボクサーの方もいました。私より1歳年下の、当時19歳だったと思いますが、彼も私に正しいキックの行い方を教えてくれました。
- さらにジムのインストラクターにフルコンタクトカラテの黒帯の方がいて、この方にもキックを矯正していただきました。私の当時のキックは力任せであり、力を抜いて蹴ることがいかに大切かを教えていただいたのです。足をムチのように使うので腰を入れるタイミングと戻すタイミングが全く異なりました。
- しかし一番度肝を抜かれたのは、恐らくビジターで来たと思われるタイ人の練習です。ヘヴィバッグが3基あったので、一つ挟んで2人でハイキックの応酬を行った記憶がありますが、私の蹴りがいかに力が入ったものなのかを思い知らされました。彼の蹴りはしなってヘヴィバッグに食い込み、「ピシッ」というような音を立てるのです。私のキックの音は「バシッ」という感じでした。
- 彼らが直接的に、間接的に教えてくれたキックは後に開発した「フィットネス カンフー」にとても役立ったのです。
- それにしても、このころの私はとても生意気でした。下はフロントのバックヤードでの写真ですが、みてわかる通り実にふてぶてしいバカ者でした。目上のスタッフに対しても、ときにはお客様に対しても非常に態度が悪かったと思います。特に社員のみなさまにはご迷惑をおかけしていたものです。今では深く反省しています。